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フォーリーブス

             


フォーリーブスは、かつてジャニーズ事務所に所属した男性アイドルグループ。
「フォー・リーブス」と表記される場合もある。 略称:リーブ、リーブス、FL。
1967年1月結成 (4月説は誤り)、1968年9月5日レコードデビュー、1978年8月31日解散。
(全盛期は1971年から1973年までの約2年間)

解散から23年半を経た2002年1月29日に再結成。 しかし、2009年1月28日にメンバーの青山孝史が逝去したことにより、同年8月30日&31日のファンクラブツアーをもって再び解散となった。
2012年6月3日より再々結成


 
目次
1 所属事務所
2 メンバー
2.1 メンバー
2.2 脱退メンバー
2.3 候補メンバー
3 概要
3.1 概要
3.2 解散後
3.3 再結成
3.4 再々結成
3.5 エピソード
4 主な出演作品
4.1 バラエティ番組
  4.1.1 バラエティ番組
  4.1.2 NHK紅白歌合戦
4.2 テレビドラマ
4.3 映画
4.4 ラジオ
4.5 舞台
4.6 日本劇場でのステージ
4.7 その他のステージ
4.8 イベント
4.9 蝋人形館
4.10 CM
4.11 WEB
5 ディスコグラフィ
5.1 シングル
  5.1.1 シングル
  5.1.2 US盤シングル
  5.1.3 シングル売上推移 (オリコン調べ)
5.2 アルバム
  5.2.1 オリジナルアルバム
  5.2.2 カバーアルバム
  5.2.3 ライブアルバム
  5.2.4 ベストアルバム
  5.2.5 客演アルバム
  5.2.6 オムニバスアルバム、他
  5.2.7 「オーダーメイドファクトリー」シリーズ
5.3 ソノシート
5.4 レコード化されていない楽曲
6 VHSビデオ、DVD
6.1 VHSビデオ
6.2 DVD
7 書籍
7.1 著書
7.2 ムック
7.3 写真集
7.4 連載企画
7.5 フォーリーブスをモデルにした漫画
7.6 関連書籍
8 約12年間の主なあゆみ
9 関連項目
10 外部リンク



所属事務所

  1. ジャニーズ事務所
  2. エフエンタープライズ (再結成後)


メンバー

  • 北公次 (二代目リーダー)
      本名:松下公次。 1949年1月20日 - 2012年2月22日。 A型。 愛称:コーちゃん。 イメージカラー:青。

  • 青山孝 (後の青山孝史
      本名:城下孝行。 1951年8月10日 - 2009年1月28日。 A型。 愛称:ター坊。 イメージカラー:緑。

  • 江木俊夫 (結成当初のリーダー)
      本名:亀田学。 1952年6月4日生まれ。 愛称:トシ坊ポコちゃん。 イメージカラー:赤。

  • おりも政夫 
      本名:織茂政男。 1953年7月4日生まれ。 B型。 愛称:マー坊。 イメージカラー:黄色。

脱退メンバー

  • 永田栄二 (リードボーカル)
      本名:長田栄二。 1955年5月29日生まれ。 愛称:英ちゃん、英坊。 1969年8月10日に「永田英二」名義でソロレコードデビュー。 バンド「スーパーエイジス」も結成。

候補メンバー

  • 渡辺茂樹 
      1951年2月10日 - 2014年3月15日。 後に「ザ・ワイルド・ワンズ」に加入。
  • 大沢健三郎 (当時子役俳優)
  • ポール (白人とのハーフ)
  • ほか2名


概要

グループの成り立ち

  1. 1967年1月に結成 (よく「4月1日結成」と言われがちだが、それは誤報)。 同年4月より、ジャニーズのシングル『太陽のあいつ』のバックダンサーを務める。
    メンバーは、ジャニーズの付き人をしていた北公次、 2歳から劇団ひまわりに所属して子役で活躍していた江木俊夫、 劇団若草に所属して子役をしていたおりも政夫、 劇団若草の研究生だった永田栄二(後の永田英二)の4名。 なお、江木とおりもの2人は子役だった小学生当時に雑誌『主婦の友』の撮影スタジオで出会い、既に顔見知りの間柄だった。

  2. 同年6月〜7月に10日間、大阪フェスティバルホールで公演されたジャニーズ主演のミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』に、渡辺茂樹を加えた計5名で出演。 当時の公演パンフレットにもこの5名は掲載されているが、まだグループ名は無く、「ジャニーズ・ジュニア」名義での出演だった。 ミュージカル終了後に渡辺は脱退。

  3. 同年8月、「日劇ウエスタン・カーニバル」に初登場。ジャニーズの前座として20分間の出演だった。 この時初めて、グループ名が正式に「フォーリーブス」に決まる。
        
    なお、「フォーリーブス = Four Leaves (4枚の葉←leavesはleafの複数形)」の意味が定説だが、本来の由来は、ジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川が脚本を書いた上記のミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』内のグループ名からで、「4つに“別れる、去る、出発する”」という意味の自動詞の「“leave”」であった。
    また、アメリカでヒットしていたボーカルグループ「フォー・エイセス」、「フォー・プレップス」、「フォー・シーズンズ」、「フォー・トップス」なども、フォーリーブスというネーミングのきっかけになっている。 2002年には改めて、「Four Tops」というそのままの名前のグループもジャニー喜多川によって作られた。

  4. 同年10月より、日本テレビ『プラチナゴールデンショー』に主役でレギュラー出演が決まったが、最年少メンバーでリードボーカルでもあった永田がまだ小学生だったため、「夜のテレビ出演が出来ない」という名目で、急遽メンバーを変更することとなる。(実際の変更理由は、ジャニー喜多川が永田をソロとして売り出したくなったため。番組の時間も、夜とはいえ日曜日の19時から30分だけであった)
    メンバーチェンジに当たり、5名の候補者が浮上。 渡辺プロダクション付属の養成機関「東京音楽学院」の特待生で、「スクールメイツ」のメンバーでもあった青山孝 (当時の芸名は城下孝)、 既に子役と活躍していた大沢健三郎、 白人とのハーフのポール他2名。 その結果、最終的に青山が抜擢されることとなった。(1976年8月発行の泰流社刊『フォーリーブスの伝説』P.30でのジャニー喜多川談に補足。また、書面では「大沢健郎」と誤植)

  5. 雑誌『月刊平凡』へは1967年11月号、『月刊明星』へは同年12月号で初登場。 この当時はグループ・サウンズが流行っていたこともあり、フォーリーブスもバンドにする予定があった。 担当楽器は、北(ギター)、江木(ドラム)、おりも(ベース)、青山(エレクトーン)で、実際に練習もしていたが、結局バンドになることはなかった。

  6. 翌1968年7月、脱退メンバーの永田がフォーリーブスに戻って来て「ファイブ・リーブス」になる可能性が囁かれるも、実現はせず。

  7. 同年9月5日、CBSソニーの国内契約第一号アーティストとして、両A面シングル『オリビアの調べ c/w 壁のむこうに』にてレコードデビュー。 (当初は、後に1stアルバムに収録された『太陽のマドリガル』がデビューシングルとなる予定だった)
    そしてレコードデビュー後は、新宿のジャズ喫茶「新宿ACBアシベ」や池袋のジャズ喫茶「ドラム」にて、月1回ほどのペースでしばらくライブ活動をしていた。


  • 16歳前後の美少年たちが踊りながら歌うというヴィジュアル性豊かなスタイルは当時にしては新鮮であり、若い女性からの熱烈な支持を集め、瞬く間に人気アイドルとなった。 また、「日本に本格的なミュージカルを」を合言葉とし、精力的なミュージカル公演も行った。

  • 1970年にはブロマイドの売上げが男性歌手部門の第1位になり、衰退期にあったグループサウンズのザ・タイガースらに代わって、一躍トップアイドルとなる。 大ヒット曲こそ無かったが(オリコン最高位は10位)、冒頭の江木の名ゼリフで知られる『地球はひとつ』や、『あしたが生まれる』、『夏の誘惑』などのシングルがコンスタントにヒットを重ね、1970年から7年連続で『NHK紅白歌合戦』にも出場した。
    多くのレギュラー番組を持ち、安定した人気を保った息の長いアイドルグループで、1974年4月1日には中野サンプラザホールで行われた音楽会にて、皇后陛下の前で佐良直美らと共に歌を披露した。 そして、先輩グループの「ジャニーズ」と同様にミュージカルにも熱心に取り組み、その姿勢は後のジャニーズアイドルへと受け継がれている。
  • ジャニー喜多川とメリー喜多川兄妹は、
    「タイガーズやテンプターズなどの他の人気グループと違い、フォーリーブスはグループ内にスター的存在のメンバーを作らない。言うなれば、メンバー全員がスター」
    という確固たるポリシーを結成当時から一貫して持ち続け、雑誌などでも度々その主旨の発言をしていた。
    また、フォーリーブスというグループは、1960年代の半ばに「ジャニーズ」の付き人をしていた北公次をどうしてもデビューさせたいがために、各所から人材を取捨選択して作ったグループであったと、ジャニー喜多川が発言している。
    グループ内での位置付けは、運動能力に優れた北公次が、華麗なアクロバットでステージを彩った。 ステージ上でバック転を披露した最初のアイドルであり、曲間で披露する連続バック転などは、グループにとっての重要な見せ場となった。
    「東京音楽学院」の特待生だった青山孝は、ジャニーズ史上でも1、2位を競うと評される歌唱力を持ち、音楽面でのリーダー的存在。 当時日本大学芸術学部の学生でもあったため、ソロでの芸能活動は少なかったが、グループ内では北と人気を二分した。 また、フォーリーブスの楽曲の音楽性の高さは青山に負う所が大きく、1970年代後半のコンサートでは、他のメンバー達からの注文に応じて、アレンジやコーラスなどの譜面の書き換えも任されていた。
    名子役として芸歴の長い江木俊夫、そして、同じく子役出身で最年少のおりも政夫の二人は、グループのMC役としてトークや司会進行を担当。 バラエティやコントなどでは気味の悪い怪物や道化に徹した役回りや扮装、大胆なリアクションも辞さない軽妙なコメディリリーフ部分を担っていた。
    江木俊夫は子役の頃から周囲の百戦錬磨のスタッフすら騙されるほどの自然な演技力を身に付けていたが、社長・ジャニーズ喜多川の意向もあり、グループ内では三枚目キャラクターを担当していた。
    おりも政夫はのんびりかつ飄々としたキャラクターで、前期はあまり目立たぬ存在であったが、次第に話術などにおいて豊かなタレント性を発揮するようになる。 歌唱、アクロバット、演技など、それぞれが1つの長所に特化した他のメンバーとは違い、どれも手堅くこなす器用な面を持つ。
    この様にメンバー各自に個性があり、それを活かしたソロでの活動も、1974年頃から徐々に増えていった。
  • 賞には長らく恵まれなかったが、1976年、ポール・アンカからの提供曲『魅せられし魂』にて東京音楽祭 ゴールデン・カナリー賞を受賞し、東京音楽祭世界大会に参加 (世界大会では受賞ならず)。
    更に同年、結成10年目の記念曲としてリリースされた『踊り子』では、日本テレビ音楽祭 特別賞と、日本歌謡大賞 特別賞を受賞した。 しかし当時、既に人気は下降し始めており、『踊り子』のオリコン最高位は41位であった。 なお、『踊り子』のレコードで北が歌っていたソロパートが、歌番組では青山の歌唱へと変更されていることが多かった。 また、同年のNHK紅白歌合戦出場曲にもなり、ソロパートは北と青山によるツインボーカルで披露されたが、画面に映っているのは北だけ、ということもあった。
  • 翌1977年、起死回生を賭けてリリースした『ブルドッグ』は、奇抜な歌詞や振り付けが話題を呼び、その後のフォーリーブスにとって最も有名な代表曲となる。 しかしオリコン最高位は40位とヒットには至らず、7年連続で出場していた『NHK紅白歌合戦』にもこの年からは落選している。
  • 1970年代中頃から、徐々に後進のアイドルへと人気が移行していく。 そして、事務所の後輩・郷ひろみが1975年4月1日にバーニングプロダクションへ移籍した辺りから、「新御三家」以外の男性アイドルにとっては“冬の時代”へと突入する。 これは、当時台頭してきたニューミュージック勢に、世間の関心が移っていったためでもあった。 フォーリーブスの人気やレコードセールス、およびジャニーズ事務所の状況も一時低迷する中、各メンバーのソロ活動の比重も高くなり、それぞれの芸能活動における方向性の違いも顕著になっていった。
    メンバーの平均年齢も20代後半となり、1977年には青山が結婚をするなど、アイドルとしての活動にも限界を迎えつつあった。 そして1978年7月21日に、最後のシングル『THE END −思いがけず出会ったら− c/w 夢のかけら』をリリース。 7月26日の福岡市九電記念体育館を皮切りに、全国16会場での約1ヶ月にわたる解散コンサートツアー「LOVE FOREVER」を行い、同年8月31日、新宿の東京厚生年金会館のステージにて解散した。 この解散コンサートツアーの模様は、同年8月27日にテレビ東京『日曜ビッグスペシャル』枠でも放送された (再放送もあり)。 しかもこのコンサートでは副社長のメリー喜多川が初めてステージ上に登場し、「これから頑張っていこうね」と言いながらメンバーたちと抱き合って泣いた。 ただし、この解散にあたってはメンバー全員が「二度とフォーリーブスの名で再結成しない」といった内容の念書を書かされて事務所に提出している。
  • 約12年の活動でシングル38枚を発表。そのシングル曲累計売上は約266万6千枚、当時の貨幣価値で約40億円にも及んだ。


解散後

  • 解散と同時に北と江木の2名が事務所を退所。翌1979年には青山も退所する。 メンバーの中ではジャニーズ事務所在籍期間が一番長かったおりもも、1994年に退所した。
  • 1977年に青山孝が同事務所の女性タレント・嶋田じゅんと結婚した際には、披露宴の模様がテレビ番組まで組まれて放送されたのに対し、グループ解散後の1981年に江木俊夫が結婚した際には、ジャニー喜多川、およびメリー喜多川からは祝電さえも届かなかった。
  • 1980年2月22日、渋谷ヤマハエピキュラスで開催された江木のソロコンサート「江木俊夫 1980 Feb.コンサート」(構成・演出:江木俊夫、主催:山西事務所)に、他の元フォーリーブスの3名も観に訪れ、最後に4人で『踊り子』を歌唱した。
  • 1980年代には、おりもがレギュラー出演していた『象印クイズ ヒントでピント』(テレビ朝日)に青山と江木がそれぞれゲスト出演。 また、『とびだせ!つり仲間』(テレビ東京)でも青山とおりもが共演していた。
  • 解散後から再結成までの期間は、北の覚醒剤取締法違反による逮捕の余波で、1981年に『さよなら日劇ウエスタンカーニバル』が開催された際、この企画のためにフォーリーブスを一時的に再結成させたいという話がジャニーズ事務所に持ちかけられたが、即座に断られている。 更にその後、北の暴露本出版が重なった影響もあり、当時の人気に反してメディアで振り返られる機会は、1992年8月にNHK-BS2で放送された『時代を駆ける栄光のアイドル達』くらいであった。
    オリジナルアルバムのCD再発も、1994年5月21日発売の『若者/フォーリーブス』のみであり、アルバムの編集盤も、解散直後に発売された数点を除くと、1997年9月21日発売の『アーリーシリーズ・ベスト・オブ・フォーリーブス』が初のベストアルバムであった。
    ただし、フォーリーブスによる過去の楽曲再発や映像の放送機会がほとんど無い一方で、レコードレビュー前の少年隊がコンサートや『夜のヒットスタジオ』、『レッツゴーヤング』などで、フォーリーブスの代表曲であった『ブルドッグ』、『踊り子』、『急げ!若者』、『地球はひとつ』をレパートリーとして発表。 それを皮切りにジャニーズ事務所の後輩グループやジャニーズJr.らによって、これらの楽曲がテレビやライブで歌われる姿が度々見受けられるようになった。
  • 1988年10月、青山とおりもの2人で、静岡県浜松市中区肴町316-38 イキシアビル3Fにてショーパブ『ステージバー・グリッター』を開店 (雑誌『FOCUS』1988年11月4日号にも掲載)。 更に翌1989年初頭には同ビル4Fに音楽学校『タレント・ミュージック・スクール』も開校。 出資者はいずれもジャニーズ事務所。 この音楽学校へは佐々木秀和ら数名のジャニーズJr.が東京から出向し、特待生としてレッスンを受けたこともあった。 しかし同校はすぐに閉校し、ショーパブも3年で閉店となった。
  • 青山孝は一時、麻雀荘の経営、静岡県沼津市でパブのマスター、飲食店チェーン会社「ノン・エンタープライズ」の代表取締役などをしていた。
    江木は宝石販売の会社を立ち上げ、自ら宝石のデザインも行うようになった。
    北は、1990年代中頃に東京都江戸川区南小岩の商店街「フラワーロード」にて、喫茶店・雑貨・ブティックの『マザーポップコーン (旧店名:HANO HANO)』を経営していたが、後に経営が悪化したために閉店し、ポスティングや介護ヘルパーのアルバイトで生計を立てていた。


再結成

  • インターネット上の「再結成して欲しいグループ」の投票でフォーリーブスが1位になったりなど、再結成を望む声が多くあることを知った芸能事務所「エフエンタープライズ」が、4人に順番に打診。 北と青山は当初、再結成に乗り気ではなかったが、最終的に同意した。
    そこで、北と青山はかつてジャニーズ事務所との軋轢、遺恨があり、メリー喜多川から「北と青山には敷居を跨がせない」と言われたため、江木とおりもの2人だけでジャニーズ事務所を訪れ、メリーに再結成したい旨を報告。 すると、「恥をかかせるようなことはしてくださんな。下(後輩)が見てるからね」とだけ言われ、再結成を承諾して貰えた。

  • 1978年8月31日の解散から「23年半」の時を経た2002年1月29日、中野サンプラザホールにて再結成コンサートを開催。 当日は北を尊敬していたことで知られる少年隊錦織一清が会場まで駆け付け、江木に呼び込まれてステージにも登壇し、マイクを通して「今の僕があるのはフォーリーブスのおかげです」と挨拶した。
    以降、エフエンタープライズに所属し、往年のファンの支持を得て精力的なライブ活動を行う。 ファンクラブも開設し、会報「BULLDOG press」の発行も2002年9月号より年4回で開始した。 また、この再結成を機に、各メンバーにイメージカラーを設けた (北=青、青山=緑、江木=赤、おりも=黄)。
  • 2002年8月22日、シングルCD『it's more 愛 (いつも愛)』をリリース。
  • 2003年、ニューカレドニアの観光親善大使に任命される。
  • 2006年8月12日、NHK『第38回 思い出のメロディー』に出演し『ブルドッグ』と『地球はひとつ』を熱唱。北公次はバック転も披露した。 久々のテレビ出演であり、特にNHKへは1978年の解散時に出演した『ビッグ・ショー』以来28年ぶりである。
    翌2007年1月23日にはテレビ朝日『徹子の部屋』への出演も果たした。

  • 2008年11月24日の中野サンプラザホールでのコンサートにて、2009年3月29日のコンサートツアー終了をもって再び解散する旨を発表。 理由は青山の肝臓の病気が酷くなったためであり、この日のステージも、メンバーや振付の先生らの猛反対を押しての出演だった。 この突然の“再解散宣言”に多くのファンが戸惑ってしまったためか、2日後の11月26日、オフィシャルサイトの会員限定BBSに江木本人が登場し、「解散ではなくて休止です」と訂正された。
    しかしその後の2009年1月16日、青山は「肝臓がん」であることを公式発表。わずか12日後の同月28日午前7時、東京都内の病院で逝去した。 これにより、4人揃ってのステージは、同年1月10日に西新井文化ホールで行われたアコーステックコンサートが最後となった。
    残された3回のステージは、構成を変えて3人のメンバーだけで行われ、同年3月29日の新宿・東京厚生年金会館 大ホールにてコンサートツアーは締めくくられた。

  • 同年3月31日、青山を除いた残りのメンバー3人だけで、再び『徹子の部屋』(テレビ朝日)へ出演。

  • 一度は「解散ではなくて休止です」と訂正されていたものの、青山の逝去により、やはり解散することとなる。 2009年8月30日&31日に浜名湖ロイヤルホテルで行われたファンクラブツアーをもって正式に解散。 ツアーのファイナルメッセージの際には、「ブルドッグ」 でのダンスで使用していたゴムバンドを、「もうこの曲は歌わない」ということで、ジャンケン大会でファンにプレゼントされた。
    解散と共に、フォーリーブスの公式サイト、ブログ、ファンクラブは全て閉鎖。 翌9月に、青山とおりもの2人だけのオフィシャルファンクラブ「YG Club」(2人のイメージカラー「Yellow & Gleen」の意味)が、エフエンタープライズの運営で新たに開設された。


再々結成

  • 2度目の解散から約3年後の2012年、江木俊夫の還暦祝いを機に、江木とおりもの2人だけで「フォーリーブス」名義での活動を度々行うようになった。
    1. 江木俊夫 60th Birthday Dinner Show 祝!60歳 カウントダウンパーティー 〜全員集合〜
        (2012年6月3日、恵比寿・act square。司会:おりも政夫。18時から翌日未明までの長時間イベント) 同年にDVD化

    2. フォーリーブスを語ろう!歌おう! Lunch Live (2012年6月4日、恵比寿・act square)

    3. あなたの心をワクワク 夢コンサート (夜の部)
        (2012年10月25日:中野サンプラザホール、11月1日:大宮ソニックシティ、9日:神奈川県民ホール。主催:夢グループ)
        この3回のコンサートには、元・光GENJI大沢樹生も共演。

    4. フォーリーブス クリスマスディナーショー
        (2013年12月22日、目黒雅叙園2Fの多目的大宴会場「舞扇の間」) 北と青山は映像で出演


    5. フォーリーブス バレンタインディナーショー 〜永遠の絆〜
        (2015年2月5日:リーガロイヤルホテル東京、8日:リーガロイヤルホテル大阪。 各料金:税込 3万5,000円) 北と青山は映像で出演

    6. 幸せハッピーコンサート 2015 (2015年9月24日、昼夜2回公演、大阪メルパルクホール)

    7. 高岡美樹のべっぴんラジオ (2016年1月7日、ラジオ大阪)

    8. 結成50周年記念 フォーリーブスコンサート 〜永遠の絆〜 (2016年1月27日、昼夜2回公演、大阪新歌舞伎座)
        北と青山は映像で出演。 また、江木がステージで「フォーリーブスは一つの節目でこれで終わろうと思う」と話したが、同年12月よりやはり活動再開

    9. 結成50周年記念 フォーリーブスコンサート 〜永遠の絆〜 (2016年12月2日、江戸川区総合文化センター)

    10. あのスターに、もう一度逢いたい (2017年5月9日、BS211) 『ブルドッグ』を披露

    11. 二人だけのフォーリーブス 江木俊夫&おりも政夫 トークライヴ in 三越劇場 (2017年10月1日、三越劇場)
        第2部ではゲストに元・男闘呼組前田耕陽を迎えた。 そして当日のレビューを、前田が雑誌『音楽スタア ’70 - ’80』(2017年12月、東邦出版)に寄稿している。

    12. ディナーショー 「蘇れフォーリーブス」 (2017年12月17日、CROKET MIMIC TOKYO)

    13. “夢スター歌謡祭” 春組 対 秋組 歌合戦 (2018年10月10日 - 、全国公演。主催:夢グループ)
    14. 江木俊夫・おりも政夫 CHRISTMAS DINNER SHOW スペシャルなクリスマスをフォーリーブスの二人と共に
        (2018年12月25日、名古屋・名鉄グランドホテル 11階・柏の間)

    15. 歌謡ショー (2019年1月27日、川口・天然温泉 ゆの郷)

    16. THEカラオケ★バトル (2019年10月13日、テレビ東京)

    17. ラジオ大阪 年末特別番組 「ジャニーさんありがとう 〜フォーリーブスより〜」 (2019年12月27日、ラジオ大阪)
        江木とおりもによる1時間45分番組。 アシスタント:小池可奈アナ。

    18. ラジオ大阪 年末特別番組 「今年も振り返らない!」 (2020年12月31日、ラジオ大阪)
        おりもと江木俊夫による番組。 アシスタント:小池可奈アナ。

    19. BSフジサタデースペシャル 脳ベルヒットスタジオSP (2022年8月20日、BSフジ) 『ブルドッグ』を披露

    20. Four Leaves New year 〜あたらしい風〜 (2023年1月7日、昼夜2回公演、横浜・XLV Bayside Motion)

    21. FOUR LEAVES ひな祭りLIVE 2023 -あたらしい風- (2023年3月3日、昼夜2回公演、神戸モズライトカフェ)

    22. Four Leaves 〜あたらしい風〜 GW・スペシャルディナーショー
        (2023年5月3日、昼夜2回公演、千代田区大手町・KKRホテル東京「瑞宝の間」)


エピソード

  • フォーリーブスは脱退メンバーの永田英二を含めると、実に5名中3名が覚醒剤で逮捕されたことのあるグループ。

  • 1973年8月、フォーリーブスへのプレゼント代や追っかけ費用を稼ぐために女子中学生グループが売春をしていたことが発覚し、書類送検された。

  • 1976年1月15日、福島県いわき市の「常磐ハワイアンセンター」(後のスパリゾートハワイアンズ)にて開催されたフォーリーブスのショーで、茨城県日立市在住の16歳の少女が興奮のあまりに失神死するという事故が発生した。

  • 高木完が、1991年のアルバム『Fruit Of The Rhythm』収録のラップ曲「From The East For The Quest feat, Afrika Bambaataa, Q-Tip」にて、「♪地球は丸いと四ツ葉 (フォーリーブス) も言ってた♪」と歌っている。

  • アイドル水泳大会での司会仕事が有名だったおりも政夫について、Mr.Childrenが楽曲『デルモ』の中で、「♪水泳大会のおりも政夫♪」というフレーズを織り交ぜている。

  • 女優の真行寺君枝が通学していた西六郷小学校は、全国合唱コンクールで優勝する合唱の有名校で、NHKの子供音楽番組『歌はともだち』に月に一度レギュラー出演していたが、ある日フォーリーブスのメンバーが真行寺に「可愛いね」と発言したことが学校中に広まり、当時のフォーリーブスはあまりにも人気グループだったことから、真行寺は妬まれて問題児扱いされてしまった。(自著『めざめ いのち紡ぐ日々』より)

  • 2008年5月11日の夜、三重県の鳥羽シーサイドホテルで行われたフォーリーブスのディナーショーにて、観客たちが皆それぞれに着飾って参加している中、先に温泉への入浴を終えたのか、旅館の浴衣を着た状態で参加している中年男性だけの異質なグループのテーブルが会場の中ほどの位置にあった。 明らかにフォーリーブスのファンなどではなく、たまたま出張で泊まる予定の旅館でディナーショーをやると知り、暇潰し程度に参加したかのようなグループだった。 当然、フォーリーブスが歌っていても一切音楽に乗ることも無く、ひたすら酒ばかりをハイペースで注文し、少し目立っていた。 そしてその中の1人、50代と思しき男性が、ステージ上でトークを繰り広げていたフォーリーブスの4名に向かい、突然大声で「シャブ(覚醒剤)ってんなよーっ!!」とヤジを飛ばし、会場全体が一瞬凍りつく一幕が起こった。 これは覚醒剤取締法違反での逮捕歴がある北と江木の2名をからかってのものだったが、ステージ上のメンバーはその心無いヤジに対し、全員スルーをしてやり過ごした。


主な出演作品

バラエティ番組

  • プラチナゴールデンショー (1967年10月 - 1970年9月、1973年10月7日 - 1974年4月28日、日本テレビ)
      フォーリーブスにとって初のレギュラー番組。 1968年10月にサブ司会に昇格。 1973年からの第2期ではメイン司会を務めた。
  • ロッテ 歌のアルバム (TBS)
  • スターと飛び出せ歌合戦 (日本テレビ) ゲスト出演
  • 新春かくし芸大会 (1978年〔第15回〕まで出演。フジテレビ)
  • カリキュラマシーン (日本テレビ) レギュラー
  • 全国ヤング歌謡フェスティバル
      (1969年 - 1970年、TBSテレビ & TBSラジオ、主催:渡辺プロダクション)
  • 第2回 全国ヤング歌謡フェスティバル
      (1970年 - 1971年、TBSテレビ & TBSラジオ、主催:渡辺プロダクション)
  • 夜のヒットスタジオ (フジテレビ)

       

  • ズバリ!当てましょう (1970年3月7日、フジテレビ) メンバー4人がそれぞれの両親と共にゲスト出演
  • ギャグジカル ジュンとヨッパ (1970年11月5日 - 1971年3月25日、TBS) レギュラー
      タイトルの「ジュン」は井上順(当時:井上順之)、「ヨッパ」はフォーリーブスの「四葉」からきたもの。
  • とことんやれ大奮戦! (日本テレビ) レギュラー
  • 東芝ファミリーホール特ダネ登場!? (日本テレビ)
      江木個人はレギュラー出演。グループとしては準レギュラー出演。
  • グランドスペシャル 紅白大運動会 (1971年10月28日、フジテレビ)
  • 8時だョ!全員集合 (TBS)
  • ヤングおー!おー! (毎日放送)
  • 歌え!ヤンヤン ! ! (1972年4月6日 - 1975年3月27日、テレビ東京) レギュラー
  • GO!GO!ヤング (1972年、日本テレビ)
  • ひろみと共に (1972年 - 1973年、テレビ東京。毎週金曜正午からの30分番組)
      郷ひろみの看板番組で、フォーリーブスはたまにゲスト出演。
  • マチャアキの水中大狂宴 ! ! (1973年7月26日、日本テレビ。同年7月6日に豊島園プールで収録)
  • ベスト30歌謡曲 (テレビ朝日)
    • 1973年9月5日:『見上げてごらん夜の星を』
    • 1973年12月5日:『若いふたりに何が起る』 (郷ひろみも同日に出演)
    • 他…
  • レッツゴーヤング
      (パイロット版放送:1974年1月3日、レギュラー放送:同年4月7日 - 1978年、NHK総合) 1974年度はレギュラーで出演
  • フォーリーブス動物記 (1974年春、テレビ朝日)
  • スタートピックス (1974年4月21日、テレビ東京、5分番組)
  • ヒット ’75 (1975年4月13日 - 9月28日、日本テレビ) 4人で司会を担当した歌番組
  • オールスター夢の球宴 (1975年10月28日、フジテレビ)
      神宮球場で開催。 郷ひろみ、JJS、メッツ、豊川誕と共演。
  • カックラキン大放送!! (日本テレビ)
    • 1976年4月23日 - 「待て!二郎さん」 坂上二郎との共演
    • 1976年10月8日 - 「名犬らしい」 坂上二郎との共演
    • 1977年2月4日 - 「連休さん」 山口百恵との共演
    • 1977年5月20日 - 「もろい夫婦」 和田アキ子との共演
    • 1977年7月15日 - 「求人二十面相」 森昌子との共演
  • NTV紅白歌のベストテン (日本テレビ)
  • チビらサンデー (1976年7月4日 - 、テレビ朝日)
  • 第3回 ヤング 歌の祭典 (1977年5月5日、NHK総合)
      収録日は同年4月28日。 渡辺茂樹、郷ひろみ、JJS、豊川誕、殿ゆたか、未都由、川ア麻世も出演。
  • ラブラブショー (1977年9月11日 日曜22:00〜22:30、フジテレビ)
      「独占!フォーリーブス結婚式完全中継」。 青山孝と嶋田じゅんの披露宴番組。 番組司会は芳村真理。 披露宴の司会は徳光和夫。
  • 三波伸介の凸凹大学校 (1977年12月28日、1978年5月24日、テレビ東京)
  • ごちそうさま (日本テレビ)
      全14回ゲスト出演。 最後の出演となった1978年8月31日は、ラストシングル『THE END -思いがけず出会ったら-』を披露。
  • 日曜ビッグスペシャル 「LOVE FOREVER 完全独占中継 さようならフォーリーブス」
      (1978年8月27日 日曜20:00〜21:48、テレビ東京)
      同年8月23日に新宿コマ劇場で行われた公演が放送された。
  • ビッグショー 〜 フォーリーブス 最初で最後の夜
      (1978年8月29日、NHK総合。 30年後の2008年6月9日にNHK-BS2「蔵出し劇場」にて再放送)
  • スター千一夜 (1978年8月31日、フジテレビ)
      ラストシングル『THE END −思いがけず出会ったら−』を披露。
  • 夜のヒットスタジオDELUXEスペシャル (1988年2月10日、フジテレビ)
      放送1000回達成記念の3時間特番で、新高輪プリンスホテルより生中継。 後輩のたのきんトリオ、THE GOOD-BYE、シブがき隊、少年隊、少年忍者が勢揃いする中、北と江木が共演した。
  • 快傑えみちゃんねる
      (2002年:北と青山が出演。 2007年7月:青山とおりもが出演。 関西テレビ)
  • 爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル (2002年3月26日、フジテレビ) サプライズゲスト
  • 決定!これが日本のベスト 「あの人は今」のコーナー
      (2003年6月22日、9月7日、テレビ朝日)
  • 今夜復活!ナオコ&五郎の70〜80年代・青春ベストヒット!
      (2003年8月18日、テレビ東京)
  • I stage (2006年1月7日&14日〔収録日は2005年12月16日〕、テレビ愛知)
      江木が司会のトーク番組。 4人揃ってグループとしてゲスト出演。
  • 第38回 思い出のメロディー (2006年8月12日、NHK)
      北公次が57歳にしてロンダートからの見事なバック転を披露した。
  • 痛快!買い物ランドSHOPJIMA (2007年 - 、テレビ東京ほか)
      江木とおりもがコンビでセミレギュラー出演。
  • 徹子の部屋 (2007年1月23日、2009年3月31日、2012年5月17日、テレビ朝日)
      2009年3月31日は青山の死後であるため、3人だけで出演。
      2012年5月17日は北の死後であるため、江木とおりもの2人だけで出演。
  • Dのゲキジョー (2007年3月2日、フジテレビ)
  • 熱狂的ファンツアー (2007年8月27日・江木とおりもが出演。 テレビ東京)
  • 2時っチャオ! (2008年2月12日、TBS)
  • マルベル堂 昭和スター倶楽部 「#5 フォーリーブス編」
      (2008年11月4日、CS・スカパー795ch「懐かし音楽★グラフィティTV」) その後再放送多数
  • NHK歌謡コンサート (2008年11月11日、NHK)
  • マルベル堂 昭和スター倶楽部 「#7 フォーリーブス編 vol.2」
      (2008年12月29日、CS・スカパー795ch「懐かし音楽★グラフィティTV」) その後再放送多数
  • あのスターにもう一度逢いたい (2017年5月9日、日本BS放送)
      「第55回 フォーリーブス 奇跡の復活『ブルドッグ』熱唱」。 音楽プロデューサー・酒井政利も出演。
  • THEカラオケ★バトル (2019年10月13日、テレビ東京)

NHK紅白歌合戦

  1. 第21回 (1970年12月31日) - 『あしたが生まれる』
  2. 第22回 (1971年12月31日) - 『地球はひとつ』
  3. 第23回 (1972年12月31日) - 『夏のふれあい』
  4. 第24回 (1973年12月31日) - 『若いふたりに何が起る』
  5. 第25回 (1974年12月31日) - 『急げ!若者』
  6. 第26回 (1975年12月31日) - 『ハッピー・ピープル』
      テンプテーションズの1974年の曲『Happy People』のカバー。
  7. 第27回 (1976年12月31日) - 『踊り子』

テレビドラマ

連続ドラマ

  • おむすびコロリン (1969年5月28日、TBS) 第6話にゲスト出演
  • おれは男だ! (1971年2月21日&28日、日本テレビ)
      第1話と2話にゲスト出演。 劇中でシングル曲『あしたが生まれる』を披露。
  • 青春をつっ走れ (1972年5月1日、フジテレビ) 第5話にゲスト出演
  • お姉ちゃん (1973年12月14日、TBS)
      第2話にゲスト出演。おりもは大学受験生の安斉まさし役。 他の3人は板前見習い役。
  • ぼくは叔父さん (1973年10月1日 - 1974年3月25日、日本テレビ)
       
  • ボクは女学生 (1973年10月5日 - 1974年3月29日、フジテレビ)
      主演は北公次だが、他のメンバーも全員出演した。
  • 小さなスーパーマン ガンバロン (1977年4月3日、日本テレビ) 第1話にゲスト出演 (特別出演)

単発ドラマ

  • ヒヤヒヤ一泊旅行 (1971年7月16日、TBS)
      北:とおる役、青山:ひろし役、江木:あきら役、おりも:たかし役。 4人とも「矢兵そば屋」(台本の初期段階では「矢口商店」)の店員役。
  • 流転の旅笠 (1972年2月3日、フジテレビ)
      バラエティ番組『オールスター 歌にドラマに大ハッスル! 節分なつメロ大特集』内ドラマ。 森進一、天地真理と共演。

映画

  • 初笑いびっくり武士道 (1972年1月21日、松竹)
      2003年6月に『びっくり武士道』のタイトルでDVD化。
  • 急げ!若者 TOMORROW NEVER WAITS (1974年7月20日、東宝、監督:小谷承靖)

ラジオ

  • ロッテであいまショー (TBSラジオ)
    • 1969年7月4日。 同年6月8日に静岡駿府会館にて公開録音。
    • 1969年7月11日。 同年6月14日に沼津市公会堂にて公開録音。
    • 他・・・
  • 全国ヤング歌謡フェスティバル
      (1969年 - 1970年、TBSテレビ & TBSラジオ、主催:渡辺プロダクション)
  • 第2回 全国ヤング歌謡フェスティバル
      (1970年 - 1971年、TBSテレビ & TBSラジオ、主催:渡辺プロダクション)
  • 明治チョコレートの集まれ!歌謡曲 (ニッポン放送、司会:藤村有弘)
      全国各地での公開録音番組。 司会は藤村有弘、ジューク・ボックス。 永田英二も共演。
  • 平凡アワー スターハイライトショー (ニッポン放送)
  • 第3回 ヤング 歌の祭典 (1977年5月5日、NHKラジオ第1)
      収録日は同年4月28日。 渡辺茂樹、郷ひろみ、JJS、豊川誕、殿ゆたか、未都由、川ア麻世も出演。
  • 日曜バラエティー (2008年6月29日、NHKラジオ第1放送、NHKワールド・ラジオ日本)
  • ラジオ大阪 年末特別番組 「ジャニーさんありがとう 〜フォーリーブスより〜」 (2019年12月27日、ラジオ大阪)
      江木とおりもによる1時間45分番組。 アシスタント:小池可奈アナ。

舞台

  • いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語
      (1967年6月〜7月に10日間、大阪フェスティバルホール、作:ジャニー喜多川、演出&振付:山田卓、舞台監督:金一浩司、主催:民音、主演:ジャニーズ
      「ジャニーズ・ジュニア」名義で出演。 原宿族役の中谷良の子分役。
  • レッツ・ゴー フォーリーブス (1969年12月、大阪フェスティバルホール、日生劇場)
    • 第1幕 ヤングサプライズ 「少年たち
    • 第2幕 ミュージカル 「オオ・マイ・ママ」
        ※ ミュージカル『少年たち』は、2010年代以降にジャニーズJr.の定番ミュージカルシリーズとしてリメイクされた。 『少年たち』は1969年12月の本公演が初演だが、マスコミでは「1965年が初演の作品」や、初演時のタイトルが『少年たち 〜小さな抵抗〜』だと誤報されている。 1965年の『少年たち』の上演記録は一切存在しないし、『少年たち 〜小さな抵抗〜』のタイトルは、舞台公演よりも前に収録されたアルバム用のタイトルでしかない。
  • 少年たちシリーズ第2作 〜 ミュージカル ’70 「少年たち 〜完結篇〜」
      (1970年5月30日&6月1日、日生劇場)
  • 少年たちシリーズ第3作 〜 フォーリーブス・ミュージカル 「素足でかける時」 / ミュージカルコメディ 「希望の翼」
      (1970年12月 - 1971年1月。 1971年1月5日&6日は東京厚生年金会館にて公演。
      「素足でかける時」は文化庁芸術祭参加作品で、企画・構成・演出:フォーリーブス。
      1967年の初代ジャニーズ主演ミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』の再演作品でもある。
      なお、開幕より2ヶ月前の1970年10月21日に発売されたフォーリーブスのアルバムタイトルが『素足で駆けるとき −ある少年の記録−』だったため、当ミュージカルもこのタイトルだと誤解されがちだが、ミュージカルのタイトル表記は『素足でかける時』である。
      また、「ミュージカルコメディ 希望の翼」の当初の仮タイトルは、「フォーリーブス・ショー 100メガトンの希望」だった)
  • 少年たちシリーズ第4作 〜 フォーリーブス・ミュージカル 「太陽からの少年」 (1971年4月)
  • 少年たちシリーズ第5作 〜 フォーリーブス・ミュージカル 「明日なき友情」 (1971年8月)
      1967年の初代ジャニーズ主演ミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』の再々演作品。 パンフレットは2種存在。
  • 少年たちシリーズ第6作 〜 フォーリーブス・ライブ・ミュージカル
      星野演出事務所作品 「生きていくのは僕たちだ!」
      (昭和46年度文化庁芸術祭参加作品ミュージカル。 原作:大森晶子『十七歳の絶唱』。
      1971年10月29日&31日:帝国劇場、12月25日&26日:名古屋・御園座、1972年1月4日&5日:大阪フェスティバルホール。その後、3月31日まで全国公演。 通常公演は3月31日までだが、ロッテの懸賞イベント「ロッテであいまショー」の演目としても本作が使用され、1972年5月頃までは引き続き全国で公演した。
      なお、当舞台のパンフレットは全部で3種類存在するが、その内、最初の1971年10月公演分の白黒の表紙のパンフでは、公演日程の「1971年」と「1972年」の数字が一部入れ替わって誤植されている)
  • ミュージカル・コメディー 「おかしな童話」 (1972年3月)
  • 僕がうたうとき!
      (1972年8月。 更に同年9月29日に、財団法人 青少年と共に歩む会の主催で、「第7回チャリティーショー ヤングスターフェスティバル」として文京公会堂で公演。
      作:藤田敏雄、構成:萩原朔美、演出:萩原朔美 & ジャニー喜多川、振付:小井戸秀宅、音楽:服部克久、監修:メリー喜多川 & ジャニー喜多川)
  • フォーリーブス イン クリスマス (1972年12月24日&25日、名古屋・御園座)
      第1部 『ミュージカル フォーリーブス物語 〜 星に帰った若者』
        (作・構成・演出:ジャニー喜多川、振付:小井戸秀宅)
      第2部 『ヒット・ヒット・ヒット ゴールデンステージ』
  • ミュージカル フォーリーブス物語 〜 星に帰った若者 (1973年1月 - 3月)
  • 見上げてごらん夜の星を
      (結成7周年記念ミュージカル。1973年6月17日 - 9月2日に北海道から沖縄まで全国で公演。 大阪公演:7月30日 - 8月2日、東京公演:8月31日 - 9月2日。 作・演出:永六輔。音楽:いずみたく、美術:やなせたかし。主演:おりも政夫)
  • 発射前17時間
      (「’74夏 フォーリーブス リサイタル」にて上演。1974年8月2日・3日・15日・18日)
  • オリジナルミュージカルプレイ 「友情」
      (「フォーリーブス リサイタル ’75」にて上演。1975年1月4日:渋谷公会堂、7日:大阪フェスティバルホール)
  • 少年たちシリーズ第7作 〜 ライブ・ミュージカル 「少年たちパートU 〜 青春の光と影」 / フォーリーブス・ダイナマイトステージ
      (「フォーリーブス結成10周年記念リサイタル VOL.1」にて上演。 1976年3月31日:小倉市民会館、4月4日:中野サンプラザホール、7日:広島郵便貯金会館、11日:大阪フェスティバルホール、18日:名古屋市民会館。 作:小原弘亘 (後の小原弘稔)。演出&振付:山田卓。振付助手:飯野おさみ)
  • ウェルカム トゥ ザ ショウ フォーリーブス物語 / フォーリーブス・ダイナミック・ステージ
      (1976年8月、「フォーリーブス結成10周年記念リサイタル VOL.2」にて)
  • 少年たちシリーズ第8作 〜 LIVEエキサイト・ミュージカル 「青春の道 −あの「少年たち」の感動を今ここに−」 
      「フォーリーブス サマーリサイタル ’77」にて上演。
      (1977年7月31日:中野サンプラザホール、8月14日:大阪フェスティバルホール。
      作・構成・演出:小原弘亘 (後の小原弘稔)、振付:小井戸秀宅、録音ディレクター:大和つよし、監修:ジャニー喜多川)

日本劇場でのステージ

  • 第33回 日劇ウエスタン・カーニバル (1967年8月26日 - 9月1日)
  • 第34回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1968年1月15日- 22日)
  • 第35回 日劇ウエスタン・カーニバル (1968年5月4日- 10日)
  • 第36回 日劇ウエスタン・カーニバル (1968年8月26日- 9月2日)
  • 第37回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1969年1月14日- 21日)
  • 第38回 日劇ウエスタン・カーニバル (1969年5月5日- 12日)
  • フォー・リーブスを迎えて 小川知子ショー 〜 GO!GO!コント55号
       (1969年5月20日 - 26日)
  • 第39回 日劇ウエスタン・カーニバル (1969年8月25日- 9月1日)
  • 第40回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1970年1月15日 - 22日)
  • 第41回 日劇ウエスタン・カーニバル (1970年5月2日 - 8日)
  • 第42回 日劇ウエスタン・カーニバル (1970年8月25日 - 9月1日)
  • 第43回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1971年1月15日 - 22日)
  • 第44回 日劇ウエスタン・カーニバル 〜 みんなで踊ろう! (1971年4月23日 - 29日)
  • 第45回 日劇ウエスタン・カーニバル (1971年8月27日 - 9月2日)
  • 第46回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1972年1月15日 - 22日)
  • 第49回 日劇ウエスタン・カーニバル 「フォーリーブスショー」
      (1973年5月4日。振付:北公次、小井戸秀宅。音楽:高橋洋一。舞台装置:引田天功)
  • 第54回 日劇ウエスタン・カーニバル 〜 ジャニーズ・ファミリー・フェスティバル
      (1975年8月27日。応援出演。音楽:渡辺茂樹)

その他のステージ

  • さよならジャニーズ・ショー (1967年11月20日、渋谷公会堂) - 同年12月31日にテレビ放送
  • 大阪万博 ポピュラー催物 「CBS・ソニー オール・スターパレード」
       (1970年、万国博ホール)

イベント

  • 青春歌謡スターパレード展 ’05 (2005年3月23日、銀座松坂屋)
      アイドル雑誌『月刊明星』の1960年から1979年までの20年間の表紙を展示したイベント。 にしきのあきらと共にトークショーのゲストとして出演。
  • 映画『急げ!若者』上映会 (2007年1月31日、東京国立近代美術館フィルムセンター)
      トークショーの予定は無かったが、上映後に急遽、北公次、青山孝史、小谷承靖監督がステージに登壇し、少しだけトークを繰り広げた。

蝋人形館

  • 日本歌謡殿堂 (1975年12月27日 - 、東京タワー3F 蝋人形館。主催:歌謡文化振興会)
      歌謡文化功労者として選定され、フォーリーブスの4人の「蝋人形」が制作展示された。 同時に展示された蝋人形のモデルは、青山和子、麻丘めぐみ、五木ひろし、尾崎紀世彦、西城秀樹、佐良直美、桜田淳子、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、ちあきなおみ、橋幸夫、フランク永井、松尾和子、黛ジュン、水原弘、吉永小百合。 なお、主催の「歌謡文化振興会」の会長は、当時参議院議員だった藤井丙午。

CM

  • プラチナ萬年筆
        

  • コカ・コーラ (1968年)
      バックバンドとして5人編成のハイ・ソサエティーも出演。 2009年8月26日発売のDVD『The Coca-Cola TVCF Selections ’62〜’86』に、当CMが収録されている。

  • ソニー 「カセットコーダー」 (1969年 - )
  • 尾崎商事 「カンコー学生服」 (1970年 - )
  • ロッテ 「チュウ・ミー」
      (1971年。クリーム入りガム。ストロベリー味、レモン味、オレンジヨーグルト味、アップル味)
  • ロッテ 「アーモンドチョコレート (ミルク、ブラック)」 (1972年。スチル広告のみ)
  • 日清食品 「ジョイカップ101いちまるいち
      (1975年3月 - 。しょうゆ味のカップラーメン。販売価格:100円。CMソングも歌っていた。当時8歳の藤島ジュリー景子と共演。 同商品のCMは後に事務所の後輩のリトル・ギャングが引き継いだ)
  • 日清食品 「ジョイカップ101いちまるいち 焼そば」
      (1975年4月 - 。パイナップル入りのカップ焼そば。販売価格:100円。CMソングはカップラーメン版と同じ)

WEB

  • フォーリーブスの画像や着ボイスの有料ダウンロードサービス (2019年9月30日をもって終了。チャクチャク・エンタメ!)


ディスコグラフィ

シングル

※ ソロ名義作品は除く
  1. オリビアの調べ c/w 壁のむこうに (1968年9月5日。1973年10月再発)★
       
        
      両A面シングル。CBSソニーの第1弾レコード。 『オリビアの調べ』は、映画『ロミオとジュリエット』の日本公開に先がけ、主演女優のオリビア・ハッセーをイメージして作られた。 石原慎太郎が見開きジャケットに推薦文を寄せている。
      また、ジャケットの撮影地となった赤レンガ造りの建物は、千代田区の現・北の丸公園内にて、1945年(昭和20年)まで大日本帝国陸軍の近衛師団の司令部庁舎だった建物 (設計:陸軍技師の田村やすし。1910年〔明治43年〕3月築)。
      戦後に皇宮警察の寮として使用された後、1963年から長らく廃屋状態となっていた時期に、建物の側面部分(正面入口に対面した際に右側の側面)にてジャケット撮影が行われた。
      1968年に取り壊しが決定したが、保存運動が起き、1972年10月に重要文化財に指定。 1974年4月〜1977年11月にかけて改修保存工事が行われ、それまで建物の外にあった階段も撤去された。 そして1977年11月15日に、国立近代美術館の工芸館として開館した。
      2020年2月28日をもって工芸館が閉鎖。 同年10月25日、工芸館が石川県金沢市で移転オープン。
      なお、この赤レンガ造りの建物は、他にもロケ地として度々使用されている。
      • GSバンド「ザ・ルビーズ」のデビュー曲『さよなら、ナタリー』のジャケット写真 (1967年4月5日)
           
      • 映画 『殺しの烙印』 (1967年6月15日、日活)
      • 雑誌 『週刊セブンティーン』 (1985年10月1日号、集英社。男闘呼組がロケ)
      • テレビアニメ『名探偵コナン』 (1996年1月29日、日本テレビ。第4話「大都会暗号マップ事件」にて東都美術館のモデル)
      • 単発ドラマ 『私の頭の中の消しゴム』 (2007年3月13日、日本テレビ)
      • 連続テレビ小説 『ゲゲゲの女房』 (2010年4月1日、NHK総合。第4話で東京駅の駅舎として使用)
      • トヨタ自動車「プリウス」のCM「先生と犬 乗ってみる A篇」 (2015年12月OA開始。出演:福山雅治大泉洋
      • A応Pの2016年11月9日発売の8thシングル『あのね、キミだけに』のMV (広瀬ゆうきのソロシーン)
      • バラエティ番組 『じゅん散歩』 (2021年8月23日、テレビ朝日。高田純次が紹介)
      • 単発ドラマ 『津田梅子 〜お札になった留学生〜』 (2022年3月5日、テレビ朝日。「文部省庁舎」の外観として使用)

  2. 涙のオルフェ c/w はじめてなんだ (1968年12月10日。1973年10月再発)★
      三億円事件の発生日に発売されたレコード。 A面曲の作詞は寺山修司。
  3. 恋するジャック c/w 緑の河 (1969年3月21日。1973年10月再発)★
      B面曲は非常に人気の高い楽曲。

    ※ 以上★印の3枚は、オリジナル・ジャケットの3枚組セットとしても1983年に限定で発売されている。

  4. シャボンの匂いの女の子 c/w 朝日がのぼると (1969年8月1日。1973年10月再発)
      両A面シングル。 雑誌『月刊明星』1969年11月号付録版のレコードジャケットも存在する。
       
      『シャボンの匂いの女の子』は雑誌『週刊セブンティーン』での募集歌。
      1970年には「ブラジルEPIC」からも発売 (レーベルは日本語表記。音源は日本盤と同様)。
  5. 君にこの歌を c/w 課外授業 (1969年11月21日。1973年10月再発)
      両A面シングル。 A面曲は元々、先輩の「ジャニーズ」がミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』の中で歌っていた曲。 フォーリーブスはこの曲をミュージカル『少年たち』のラストシーンや、1978年の解散コンサートのラストナンバーなどで歌った。 フォーリーブスの後も、少年隊やジャニーズJr.らによって歌い継がれた。 B面曲は北公次のソロ曲。
  6. 若者は旅をつづける c/w 愛の鐘が鳴る (1970年2月1日。1973年10月再発)
  7. ある兵士の賭け c/w 草笛の天使 (1970年5月21日。1975年再発)
      A面曲は石原裕次郎主演の日活映画『ある兵士の賭け』主題歌。ただしフォーリーブスが歌うバージョンは映画では使用されていない。 B面曲は作詞:寺山修司。
  8. あしたが生まれる c/w ためらいながらも強く (1970年7月1日。1975年再発)
      A面曲は紅白歌合戦初出場時に歌った曲。
  9. 人生は一度きりだから c/w なぜだよ (1970年11月21日)
      A面曲はテレビドラマ『おれは男だ!』にゲスト出演した際、劇中で振り付けの練習をしながら歌っていた曲。
  10. 約束 c/w 朝やけの中で (1971年3月1日)
  11. 夏の誘惑 c/w 太陽の季節 (1971年7月1日)
      20ページの写真集付き。  A面曲は、翌1972年に伊丹幸雄が1stアルバム『サチオ・アイドルを歌う』内でカバー。 更にニュー・キラーズも、同じく1972年にアルバム『ニュー・キラーズ誕生!そしてピンキー独立! 〜 ニュー・キラーズ発表会より』と『太陽に愛されたい』の2枚にて、『シーズン・オブ・ザ・サン』のタイトルでカバーしている。
      なお、このA面曲と、同じ鈴木邦彦の作曲による西城秀樹の曲『涙と友情』(1974年11月25日発売)がよく似ていると言われている。
  12. 地球はひとつ c/w お願いだから (1971年11月1日。1975年再発)
      世界初の4チャンネル・シングル・レコードとして発売された。 1972年1月から6月分までの卓上カレンダー付き。
      A面曲の出だしの部分が、The Flying Machine『Waiting On The Shores Of Nowhere』(1969年)、 メロディーの一部は、Jackson 5『Mama's Pearl (ママの真珠)』(1971年)のパクリ。
      なお、出だしの部分は1973年に『ウルトラマンタロウ』の主題歌がまたパクっている。
  13. はじめての世界で c/w ちょと待て下さい (1971年12月21日)
      ロサンゼルス録音。 A面の原曲はマーヴ・ジョンソンの1959年の曲『You Got What It Takes (心の底から好きだから)』。 前半部分はジャニー喜多川(名義は「北公次」)が手掛けた訳詞による日本語歌唱で、後半部分は英語歌唱。 レコードの歌詞カードと、実際の歌唱の歌詞は一部違っている。 1973年にはアメリカの黒人ファミリーグループのThe Sylversも、マイク・カーブのプロデュースで、『You've Got What It Takes』のタイトルでリリースしている。
      B面の原曲はサム・カプーによるハワイ産の人気楽曲『Chotto Matte Kudasai』で、英語歌唱。 「ちょと待て下さい」という独特のタイトル表記は、オリジナル発音に従った表記となっている。 フォーリーブス以外にも、ゴールデンハーフ、小林麻美、ジェミネス、小野階子、ジャック・ヴィアル、リンダ・グリーン、蟇目良、佐川満男など、国内だけでも多数のアーティストによってカバーされている。
  14. 新しい冒険 c/w 愛ははじまった (1972年3月21日)
  15. フォーリーブスのヤンヤン体操 c/w フォーリーブスのヤンヤン・ソング (1972年7月1日)
  16. 夏のふれあい c/w 真夏の愛 (1972年7月21日)
  17. あなたの前に僕がいた c/w 孤独よさらば (1972年10月21日)
      両A面シングル。 A面曲の作詞はジャニー喜多川 (名義は「北公次」)。 1976年8月発売の郷ひろみのシングルに『あなたがいたから僕がいた』(作詞:橋本淳)という曲があるが、歌詞の内容は全く連動しておらず、別物である。
  18. 愛と死 c/w 青空のおしゃべり (1973年2月1日) 両A面シングル
  19. ふたりの朝 c/w ガール (1973年6月1日。AB面ともオズモンズからの提供曲)
  20. 見上げてごらん夜の星を c/w チャチャチャで勉強 (1973年7月21日)
      A面曲は全国公演を行った同名ミュージカルのナンバー。 原曲は坂本九。 堂本剛も後にテレビ番組でカバーした。
  21. 大人への階段 c/w 若いふたりに何が起る (1973年11月1日) 両A面シングル
  22. あしたの悩み c/w あやまち (1974年1月21日)
  23. ヘイベイビー c/w ひとつぶの幸福しあわせ (1974年4月1日)
      当時後援会(ファンクラブ)にて、当シングルの宣伝ポストカードが配布された。
  24. 急げ!若者 c/w さらば故郷の街 (1974年7月21日)
      A面曲はフォーリーブス主演の同名映画の主題歌。 ただしA面収録のバージョンは映画では使われていない。
  25. 友情 c/w 青春の絆 (1974年11月1日)
  26. ふたりの問題 c/w 早春のメルヘン (1975年2月1日)
      A面曲は北と青山がリードボーカル。
  27. 嵐のあと c/w 悲しい雨 (1975年6月1日)
  28. 遠い日 c/w バイバイ? (1975年11月1日)
      A面曲はリードボーカル:青山孝、作曲:小椋佳。 B面曲は作曲:武川行秀(後のタケカワユキヒデ)で、タイトルの正確な読み方は「バイバイクエスチョン」。 両曲とも演奏はトランザム。
  29. めぐり逢い c/w 誘い (1976年1月21日。B面は『ラブ・ラブ・アタック』のテーマ曲)
  30. 魅せられし魂 c/w ぼくたちの道 (1976年4月21日)
      A面はポール・アンカからの提供曲で、東京音楽祭ゴールデン・カナリー賞を受賞。 B面曲はリリースされる数ヶ月前からコンサートで既に歌われていた曲で、その当時の表記は「僕達の道」だった。
  31. 踊り子 c/w 気になる女がとまり木で (1976年7月1日)
      A面曲(作詞:阿久悠、作曲:井上忠夫)は、日本テレビ音楽祭 特別賞、日本歌謡大賞 特別賞を受賞。 但し曲の終わりの「シャーラーララララ♪」の部分は、The Grass Rootsの楽曲『Let's Live For Today』(邦題:今日を生きよう。1967年)をパクっている。 また、A面曲は1978年に中国の女性歌手、ジェニー・ツェン(甄妮)によって、『人處天涯』のタイトルでカバーされた。
  32. ハートブレイク急行 c/w ルージュ (1976年10月21日)
  33. 乾杯グラス c/w 流れゆく季節に (1977年2月25日)
  34. ブルドッグ c/w 標的 (1977年6月21日)
      A面曲は、後輩のジャニーズ少年隊、光GENJI、SMAP(中居、稲垣、森、草g)、ジャニーズJr.らにもテレビやコンサートで歌い継がれている他、近田春夫&ハルヲフォンが1978年6月21日発売のアルバム『電撃的東京』にてカバー、1997年には富士フイルム「写ルンです」のCMソングに起用、2006年にはタレントの城咲仁によってもカバーされている。
  35. 男と女の紙芝居・三幕 c/w コンドル (1977年11月21日)
  36. どうして・・ c/w プロポーズ (1978年4月21日)
  37. 宇宙のファンタジー c/w 銀河の覇者 (1978年7月1日)
      両面とも原曲はアース・ウィンド&ファイアー。
  38. THE END −思いがけず出会ったら− c/w 夢のかけら (1978年7月21日)
      両曲とも青山が作曲。 ジャニーズ事務所時代のラストシングル。
  39. it's more 愛 (いつも愛) c/w 踊り子 2002 c/w 見上げてご覧夜の星を (2002年8月22日)
  40. 少年よ大志を抱け c/w Four leaves again c/w ブルドック2004 (2004年7月21日) 両A面シングル
  41. ずっと君を愛してた c/w Never Ending (2006年4月22日)

US盤シングル

  • SEASON OF THE SUN c/w CHOTTO MATTE KUDASAI
      (1971年9月のロサンゼルス録音、同年発売。マイク・カーブ制作、MGMレコード。 A面曲は日本語で歌っている。 1971年7月1日に『夏の誘惑』のタイトルで日本で発売されたシングルと同曲ではあるが、アレンジが異なっており、『グレン・キャンベルショー』出演時の英語バージョンと同じアレンジとなっている。 B面曲は、シングル『はじめての世界で』でのB面曲『ちょと待て下さい』と同じもの)
  • DON'T LET THE SUN CATCH YOU CRYING c/w DON'T LET THE SUN CATCH YOU CRYING
      (1971年9月のロサンゼルス録音、1972年発売。マイク・カーブ制作、MGMレコード。 A・B面とも同じ曲で、ジェリー・アンド・ザ・ペイスメイカーズの『太陽は涙がきらい』のカバー。 1972年のアルバム『GOLDEN FOURTH スーパー・プレゼント』収録曲とは別バージョン)


   シングル売上推移 (オリコン調べ)

   




オリジナルアルバム

※ ソロ名義作品は除く
  1. ヒット・ヒット・ヒット フォーリーブス・ゴールデン・ショー (1969年9月5日。1974年再発)
      当初は、当アルバム収録の『太陽のマドリガル』がデビューシングルとなる予定だった。 全曲解説付き。

       

  2. フォーリーブス・ヤング・サプライズ 少年たち 〜小さな抵抗〜
      (1969年12月5日。1974年再発。 ハイ・ソサエティージューク・ボックス、劇団「天井桟敷」が共演。 ジャケット撮影:沢渡朔、ジャケットの題字:石原慎太郎、監修:萩原朔美。 作詞陣は寺山修司、高橋睦郎など)

       

  3. 夏の嵐 〜第1章 光 / 第2章 影〜
      (1970年8月1日。1974年再発。 再びハイ・ソサエティー、ジューク・ボックスとの共演盤)

       

  4. 素足で駆けるとき −ある少年の記録− (1970年10月21日、ステッカーとピンナップ付き。1974年再発)
      タイトルと同名のミュージカルが1970年12月〜1971年1月の公演された際は、『素足でかける時』の表記に変更された。

       

  5. 少年たちシリーズ 〜太陽からの少年〜 (1971年5月1日。1974年再発)
      ジャケット内には萩原朔美による文章が寄稿されている。

       

  6. フォーリーブス・ミュージカル 少年たちシリーズ 〜明日なき友情〜 (1971年9月5日。1974年再発)

       

  7. 北公次ロマン詩集より 青春 (1973年3月21日)

       

  8. 見上げてごらん夜の星を

       

  9. スーパー・プレゼント ’74 (1974年2月1日。オリジナルステッカー付き)

       

  10. 若者 / フォーリーブス (LP:1974年11月21日、オーダーメイドファクトリーではない通常CD:1994年5月21日)
      LP盤はカラー写真集付き。 収録曲『恋のランナー』は、元々はスクールメイツのナンバー。

       

  11. 一本の樹 (結成10周年記念PARTU。1976年11月21日。代表曲のメドレーを収録。ピンナップカレンダー4枚付)

       

  12. Brother (2004年10月31日)
      再結成後初のオリジナルアルバム。 フォトカード5枚と「少年よ大志を抱け IN STORE LIVE TOUR 2004」のDVD付き。

       

  13. ずっと君を愛してた 〜4人の絆は永遠に〜 (青山孝史追悼アルバム。2009年3月25日)

       


カバーアルバム

※ 収録曲が全てカバー曲のアルバム
  • スーパー・プレゼント
      (1972年8月21日。全曲洋楽カバーで、『恋のマリアンヌ』以外は全て英語詞。 編曲は全て高橋洋一。 布製のシートポスター付き)

       


ライブアルバム

※ 収録曲が全てライブ音源のアルバム
  1. フォーリーブス・ライブ・ミュージカル 生きていくのは僕たちだ!
      (1972年2月21日。 帝国劇場での芸術祭参加ミュージカル。ジューク・ボックスと共演)

       

  2. フォーリーブス・郷ひろみ ジョイント・リサイタル (1974年)
      ジャニーズ事務所の自主制作盤。シリアルナンバー入りの2枚組LP。 郷ひろみ、八田英士、ジャニーズ・ジュニア(9人ジュニア)との共演盤で、同年5月3日に大阪フェスティバルホールで行われたコンサートの模様を収録。 同年9月5日にCBSソニーレーベルから再発売。

       

  3. FOUR LEAVES LIVE (1975年10月1日)
      1975年8月12日の大阪フェスティバルホールでのリサイタルを収録。 ポスター付き。

       

  4. フォーリーブス10周年記念 PART I (1976年7月21日)

       

  5. フォーリーブス・ライブ (1976年11月1日。カセットのみでの販売)
      編曲・演奏:村田勝美とスーパーエイジス。
  6. LOVE FOREVER (1978年5月1日。2枚組)
      渋谷公会堂でのコンサートを収録。 全編曲:いしだかつのり、渡辺茂樹。 演奏:マーク・バンド・スペシャル。 収録曲『安全カミソリ』(北公次ソロ)の原曲は、森田童子の『逆光線』。

       

  7. GOOD BYE (1978年10月21日。解散コンサートを収録。2枚組)

       


ベストアルバム

  1. ベスト・オブ・ベスト
      (1971年11月1日。限定盤でBOX仕様のLP2枚組。8P写真集と、約120cm×83cmの厚紙特大ポスター付き。シングル『約束』のアルバム・バージョンを収録)

       

  2. フォーリーブス ベスト20 (1973年 or 74年、アポロン音楽工業。カセットのみでの販売)
  3. フォーリーブスのすべて Vol.1 ('68〜'70) (1974年。12曲入り。カセットのみでの販売)
  4. フォーリーブスのすべて Vol.2 ('71〜'74) (1974年。13曲入り。カセットのみでの販売)
  5. フォーリーブス:1965〜1975 (1975年12月5日、2枚組LP)
      ナレーション入り。 セピアカラーのポスター付き。

       

  6. 結成10周年記念 フォーリーブス総集編 (1976年3月21日。カセットのみでの販売)
  7. フォーリーブスの世界 (1977年。カセットのみでの販売)

       

  8. フォーリーブス
      (1977年12月5日。ベスト盤。1968年〜1977年の集大成BOXセット。3枚組LP)

       

  9. フォーリーブス ベスト・ヒット (1978年6月。カセットのみでの販売)
  10. THE BEST フォーリーブス (1978年11月1日。2枚組LP。4人それぞれのソロピンナップ付き。38AH 599〜600)

       

  11. ザ・ベスト フォーリーブス (1979年6月21日。LPとカセットの2種。ポスター付き。25AH 751)

       

  12. THE BEST フォーリーブス (1979年11月1日。2枚組LP。特大カラーポスター付き。40AH 841〜842)

       

  13. アーリーシリーズ ベスト・オブ・フォーリーブス (1997年9月21日。全23曲)

       

  14. DREAM PRICE 1000 フォーリーブス オリビアの調べ
      (2001年10月11日、6曲入りのミニベスト)

       

  15. ザ・ベリー・ベスト・オブ・フォーリーブス (2002年1月17日。全24曲)
      1997年発売の『アーリーシリーズ ベスト・オブ・フォーリーブス』の再発盤。 ボーナストラックとして、『ハッピー・ピープル』(1978年8月31日の東京厚生年金会館での解散コンサートの音源)を追加。

       

  16. フォーリーブス 1968-1978
      (2006年8月27日。定価1万円。CD5枚組、全121曲。フォトブック付。BOX仕様。 コンサート会場&通信販売限定商品)

       

  17. フォーリーブス スーパー・ベスト (2009年3月25日、全18曲)

       

  18. フォーリーブス ベスト・オブ・ベスト (2012年2月1日、全14曲)

       


客演アルバム

  • 初恋地獄篇 (LP:1970年、CD:2004年12月25日、再発CD:2011年9月30日)
      天井桟敷レーベル第一弾アルバム。 120人の著名人が次々に初恋のエピソードを告白する「初恋告白 / 声の署名」に、北と青山が参加。
  • 世界へジャンプ! ハイソサエティ・サプライズ・プレゼント (1970年11月21日)

オムニバスアルバム、他

  1. CBS・ソニー・ゴールデン・ヒット大全集 =ポップス=
      1973年7月1日、LPレコード2枚組、SOLG-3〜4。『オリビアの調べ』、『夏の誘惑』、『愛と死』を収録)
  2. THE Best ゴールデン・ヒット・ポップス
      (1977年11月21日、LPレコード、25AH-329。『ブルドッグ』を収録)
  3. コカ・コーラCM集 (1980年。非売品のカセットテープ)
      1968年にフォーリーブスが歌ったコカ・コーラのCMソング『青い空青いからコカ・コーラ』を収録。
  4. 歌謡ポップス・ベストヒット @ オリビアの調べ 〜 17才
      (1990年。FDLA 70、FKLA 403。12枚組のCD、および12本組のカセットテープの中の1つ。『オリビアの調べ』、『涙のオルフェ』を収録)
  5. 昭和40年代はニッポンの青春だ! Enjoy40's
      (1994年。非売品。「CD選書 店頭演奏用CD」。ソニーレコーズ。XACL 90047) 『急げ!若者』を収録
  6. ハンナ・バーベラ日本語版主題歌集 (1994年9月28日、2枚組)
      フォーリーブスが歌ったテレビアニメ『電子鳥人Uバード (アメリカでの原題:BIRDMAN AND THE GALAXY TRIO)』(1971年8月2日 - 12月13日、テレビ朝日)のオープニングテーマ『電子鳥人Uバード』と、エンディングテーマ『銀河トリオのうた』を収録。
  7. 1968〜1974 CD選書ベスト (1996年4月1日) 『急げ!若者』を収録
  8. GOLDEN J-POP 1966-70 ベスト・ヒット集 (1997年5月21日) 『オリビアの調べ』を収録
  9. GOLDEN J-POP 1971-72 ベスト・ヒット集 (1997年5月21日) 『夏の誘惑』、『地球はひとつ』を収録
  10. GOLDEN J-POP 1975-76 ベスト・ヒット集 (1997年5月21日) 『踊り子』を収録
  11. GOLDEN J-POP 1977-78 ベスト・ヒット集 (1997年5月21日) 『ブルドッグ』を収録
  12. アーリーシリーズ アーリー70's メイル・アイドル・コレクション (1997年9月21日)
      『約束』、『新しい冒険』を収録。
  13. HITSTORY 〜 Kyohei Tsutsumi ultimate collection 1967〜1997 volume 1. (1997年12月12日、4枚組)
      Disc3に『約束』のシングルバージョンを収録。
  14. そ 1970 (1999年7月23日) 『地球はひとつ』を収録
  15. Cynthia Anthology (2000年6月7日。CD5枚+DVD1枚の6枚組。BOX仕様)
      南沙織のベストアルバム。 フォーリーブスのアルバム『見上げてごらん夜の星を』にも収録されている『夜空の星』(南とおりものデュエット)、『すべてを捧げる時』(南ソロ)、『夜空の星 〜ショート・ヴァージョン〜』の3曲をDisc5に収録。
  16. Daisuke Inoue 21 Memorial Hits 〜EVER RESORT〜 (2000年9月20日) 『踊り子』を収録
  17. 青春歌年鑑 ’70 BEST30 (2000年11月22日、2枚組) 『あしたが生まれる』を収録
  18. 青春歌年鑑 ’71 BEST30 (2000年11月22日、2枚組) 『夏の誘惑』を収録
  19. DREAM PRICE 1500 ヤング・ポップス ’70sベスト・ヒット 〜男性ボーカル編〜 (2002年2月20日)
      フォーリーブスの『夏のふれあい』と、北公次のソロシングル『ひとりぼっちになった時』を収録。
  20. DREAM PRICE 1500 愛と青春のヒット・ストーリー 1971 (2002年2月20日) 『夏の誘惑』、『地球はひとつ』を収録
  21. ハンナ・バーベラ同窓会 (2002年4月24日)
      上記の『ハンナ・バーベラ日本語版主題歌集』と同様、『電子鳥人Uバード』と『銀河トリオのうた』の2曲を収録。
  22. 歌うヘッドライト 〜コックピットのあなたへ〜 初恋 (2002年10月23日) 『約束』を収録
  23. 寺山修司 作詞+作詩集 (2003年6月4日、2枚組) Disc1に『涙のオルフェ』を収録
  24. コカ・コーラCMソング集 1962 - 89 (2005年3月24日、2枚組)
      1968年にフォーリーブスが歌ったコカ・コーラのCMソング『青い空青いからコカ・コーラ』を収録。
  25. ソフトロック・ドライヴィン 〜美しい誤解〜 (2006年11月29日)
      『朝日がのぼると』、『浜木綿のような少女』、『歌うことは素晴らしい』の3曲を収録。 後の2曲は当時初CD化。
  26. Kyohei Tsutsumi Hitstory Ultimate Collection 1967〜1997 2013Edition (2013年12月5日、9枚組)
      Disc3に『約束』のシングルバージョンを収録。

「オーダーメイドファクトリー」シリーズ

    (株)ソニー・ミュージックダイレクトが運営するWeb Shop「Sony Music Shop」にて、予約数が規定に達した場合にのみ、レーベル「オーダーメイドファクトリー」からCD化される、完全受注生産&通信販売限定シリーズ。
    全て過去作品の復刻盤。 いずれもすぐに規定数に達してCD化された。 [1]
  1. 少年たち 〜小さな抵抗〜 (2007年8月15日)
  2. 夏の嵐 〜第1章 光 / 第2章 影〜 (2007年9月18日)
  3. 明日なき友情 〜少年たちシリーズ〜 (2007年10月16日)
  4. 太陽からの少年 〜少年たちシリーズ〜 (2007年11月13日)
  5. 素足で駆けるとき 〜ある少年の記録〜 (2008年1月22日)
  6. 幸福しあわせというふた文字 (青山孝のソロアルバム。 2009年3月17日)
  7. フォーリーブス・ライブ・ミュージカル 生きていくのは僕たちだ!
       (2010年8月18日。2014年に再発)
  8. 見上げてごらん夜の星を (2010年11月8日)
  9. スーパー・プレゼント (2011年2月5日)
  10. スーパー・プレゼント ’74 (2011年4月11日)
  11. ヒット・ヒット・ヒット + 青春 (2011年6月27日)
  12. 若者 + 一本の樹 (2012年2月1日)
  13. フォーリーブス ライブ (2012年5月20日)
  14. LOVE FOREVER (2012年12月25日。ライブ盤。2枚組)
  15. GOOD-BYE (2013年3月18日。2枚組)

ソノシート

  1. ユーモア・ジョッキー (雑誌『女学生の友』1968年9月号付録)
      挿入曲はメンバー自身が演奏していると語っているが、本当に演奏しているかは定かでない。 一応担当楽器は、江木(ギター)、北(ドラム)、青山(エレクトーン)、おりも(ベース)となっている。
  2. ハロー リーブスです
      (雑誌『週刊セブンティーン』の創刊一周年記念特別サービスとして企画され、1969年5月20日号にてプレゼント告知。希望する読者全員に発送された)
  3. フォーリーブスとあなたのティー・ルーム
      (雑誌『別冊ティーンルック』創刊号付録、1970年3月)
  4. にんきスターとテレフォンデート
      小学館発行の雑誌『週刊少女コミック』の「’72年夏休み特別企画記念」として、応募者全員に送られたソノシート。 森田健作、野口五郎、にしきのあきら、沖雅也、仲雅美の声も収録。
  5. フォーリーブスと13分

レコード化されていない楽曲

  1. 青い空青いからコカ・コーラ
      当曲は1968年にフォーリーブスが歌ったコカ・コーラのCMソングだが、テレビCM用ロック調ライブ音源と、ラジオCM用ロック調音源 (テレビ用とは別アレンジ)の2つがレコード化されていない。 但し別のバージョンは、1980年の非売品カセットテープと、2005年発売のオムニバスCDに収録されている。
  2. 映画 『初笑いびっくり武士道』の挿入歌 (1972年)
  3. 君のために
      北公次主演のテレビドラマ『ボクは恋人』(1974年4月5日 - 9月27日、フジテレビ)の主題歌として使われた、北公次のソロボーカルによるテレビオンエアバージョン。 『君のために』は1974年2月1日に発売されたフォーリーブスのアルバム『スーパー・プレゼント ’74』に収録されているが、レコードでは青山孝がソロで歌唱している。
  4. オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
      ビートルズのカバー曲。 1974年8月・9月にNHK『みんなのうた』にて使用。 訳詞:黒木宏。
  5. 日清食品・カップラーメン&カップ焼そば「ジョイカップ101いちまるいち」のCMソング (1975年3月)
  6. 青春に乾杯 (Pour Un Flirt)
      原曲はミッシェル・デルペッシュ。 1977年8月14日放送のNHK『レッツゴーヤング』にて日本語訳でカバーした。訳詞:山上路夫。


VHSビデオ、DVD

VHSビデオ

  1. カリキュラマシーン ベストソング・コレクション (1999年10月)
  2. カリキュラマシーン ベストギャグ・コレクション (1999年10月)
  3. 伝説のフォーリーブスが帰ってきた!
      (2002年2月。 同年1月29日の中野サンプラザホールでの再結成コンサートを収録)
  4. ドキュメント 2002 〜 再結成から旅行会まで (2002年7月。120分。定価:6,000円)
  5. 2002 ファイナルコンサート
      (2002年12月。 2002年12月8日の中野サンプラザホールでのコンサートを収録。124分。全25曲。定価:8,000円。予約特典は写真5枚)
  6. Four Leaves Concert Tour 2003 BACK STAGE
      (リハーサル、バックステージ、旅行風景などを収めた60分作品)
  7. four leaves private tour in new caledonia
      (DVDと同様に限定500本販売。5枚組トレカ付き)

DVD

  1. 伝説のフォーリーブスが帰ってきた!
      (2002年6月。 同年1月29日に中野サンプラザホール、更に同年5月24日に大阪厚生年金会館で行われた再結成コンサートを収録。70分。マルチアングル4曲入り。定価:7,000円)
  2. FOUR LEAVES DINNER SHOW 〜 新宿 京王プラザホテル 2002.8.31 (2002年、70分)

       

  3. 2002 ファイナルコンサート
      (2003年2月。 2002年12月8日の中野サンプラザホールでのコンサートを収録。 予約特典は写真5枚)
  4. four leaves private tour in new caledonia
      (ビデオと同様に限定500本販売。5枚組トレカ付き)
  5. Four Leaves 2003 BEST LIVE ! !
      (2004年3月25日、100分。1,000本限定販売。BOX仕様で64ページのブックレット付き。
      2003年12月21日に中野サンプラザホールで行われたステージを収録)
  6. カリキュラマシーン ベストセレクション VOL.1〜3 (2004年4月21日)
  7. カリキュラマシーン ベストセレクション DVD-BOX (3枚組。2004年4月21日)
  8. Four Leaves 〜Boys of Summer!〜
      (2004年、35分。 2004年8月8日に明治神宮野球場で行われた花火大会でのライブイベント「ハナビアンナイト」に出演した際のステージを収録)
  9. The Coca-Cola TVCF Selections ’62〜’86 (2009年8月26日)
      フォーリーブスが1968年に出演したコカ・コーラのCMが収録されている。
  10. Toshio Egi 60th Birthday Dinner Show (2012年)
      同年6月3日に恵比寿・act squareで行われた、江木俊夫の還暦バースデーディナーショーを収録。 司会:おりも政夫。 ゲスト出演:s4。 江木のファンクラブ限定販売。111分。ブックレット付き。


書籍

著書

  • フォーリーブスの伝説 (1976年8月、泰流社)
      ジャニー喜多川による文章も掲載。 当初は白い背表紙で刊行されていたが、翌1977年4月に、より目立つ物にするため、背表紙を赤色にし、更にブックカバーの写真も変えて復刊された。 内容やページ数は全く同じ。
  • 抱きしめたい 〜 I wanna hold your heart (2003年1月31日、実業之日本社)
      2003年2月9日に出版記念握手会が福家書店銀座店にて開催された。
  • みあげてごらん 〜いつも愛〜 (2004年3月25日、スタジオワープ)
      4人が作と文を担当した絵本。

ムック

  • 増刊セブンティーン フォーリーブス & ヤングアイドル特集号
      (週刊セブンティーン・1972年8月25日増刊、集英社)
  • 増刊セブンティーン アイドル・ビッグ4特集号 (週刊セブンティーン・1973年8月25日増刊、集英社)
      郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎も掲載。

写真集

  • FOUR LEAVES IN U.S.A. ハ〜イアメリカ・レッスンアメリカ 魅惑の写真集 (1972年12月、講談社、撮影:津田文男)
  • FOUR LEAVES 100,104 HOURS (1978年)
  • フォーリーブス メモリアル写真集 〜 live in our hearts forever (2009年3月29日、講談社)

連載企画

  • スター小説 フォーリーブス物語 (『週刊マーガレット』 1970年1月25日号 - 7月5日号、全23回、集英社)
  • フォーリーブス解剖シリーズ (『週刊マーガレット』 1970年8月30日号 - 10月4日号、全6回、集英社)

フォーリーブスをモデルにした漫画

  • 特別ミュージカル劇画 「少年たち 〜若者は旅をつづける〜」 (上村一夫 著。『月刊平凡』1970年7月号。平凡出版)
  • 特別ミュージカル劇画 「素足でけるとき 〜少年たち〜」
      (さいとう・あきら 著、似顔:木崎しょうへい、協力:作田昭一。『月刊平凡』1971年3月号。平凡出版)

関連書籍

  • フォーリーブス・ソングブック (1974年、CBSソニー出版部・エイプリルミュージック)
      デビュー曲から『あしたの悩み』まで、全33曲のギターコード付き楽譜集。 スナップ写真や裏話も掲載。
  • フォーリーブス 青春共和国 (1977年3月、ペップ出版) ファンからの投書集
  • VOW王国 〜 青春篇 (2001年12月、宝島社)
      再結成記念インタビュー「4人合わせて199歳」を掲載。
  • プロデューサー (酒井政利 著、2002年、時事通信社)



約12年間の主なあゆみ

出典:CD-BOX『フォーリーブス 1968-1978』の付属小冊子より改訂

1966年

  • 4月27日 北公次が、日活映画『青春大統領』にジャニーズの付き人役で出演。 当時はまだ本名で、「松下公次 (ジャニーズ・ジュニアー)」名義での出演だった。

1967年

  • 1月 北公次、江木俊夫、おりも政夫、永田英二の4名で結成。
  • 4月 ジャニーズのシングル『太陽のあいつ』のバックダンサーを務める。
  • 6月〜7月に10日間  大阪フェスティバルホールで公演されたジャニーズ主演のミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』に、渡辺茂樹を加えた計5名で「ジャニーズ・ジュニア」名義で出演。 ミュージカル終了後に渡辺は脱退。
  • 8月 ジャニーズの前座として、「日劇ウエスタン・カーニバル」に初出演。 この時初めて「フォーリーブス」のグループ名を名乗る。
  • 10月 初のレギュラー番組『プラチナゴールデンショー』へ出演するに当たり、リードボーカルでもあった永田英二が当時小学生だったため、「夜のテレビ番組に出演できない」との名目で急遽、青山孝とメンバーチェンジ。(実際のチェンジ理由は、ジャニー喜多川が永田をソロとして売り出したくなったため)
  • 1967年11月20日 渋谷公会堂で行われた「さよならジャニーズ・ショー」に参加。(同年12月31日に日本テレビ『プラチナゴールデンショー』枠にてテレビ放送)

1968年

  • コカ・コーラのCMに出演。
  • 9月5日 CBSソニーの国内アーティスト第1号として「オリビアの調べ c/w 壁のむこうに」でレコードデビュー。

1969年

  • 6月 雑誌『ティーンルック』の7月1日号より、誌上ミュージカル「フォーリーブスのウエストサイド物語」の連載を開始。
  • 9月 ヨーロッパへ初めて海外旅行。
  • 12月 「レッツ・ゴー フォーリーブス」と題し、ミュージカル「少年たち」、「オオ・マイ・ママ」の2作品を上演。(大阪フェスティバルホール、日生劇場)

1970年

  • 5月30日&6月1日 少年たちシリーズ第2作ミュージカル「少年たち 〜完結篇〜」上演。
  • 11月1日 永田英二と共にアメリカへ23日間のダンス留学。
  • 11月5日 TBSの音楽番組「ギャグジカル ジュンとヨッパ」に、井上順(当時:井上順之)と共にレギュラー出演。
  • 12月 - 1971年1月 少年たちシリーズ第3作ミュージカル「素足でかける時」、およびミュージカルコメディ「希望の翼 (当初の仮タイトル:フォーリーブス・ショー 100メガトンの希望)」を同時上演。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦に初出場し「あしたが生まれる」を歌う。

1971年

  • 1月10日未明 北の2歳年上の兄・弘さんが事故で亡くなる。
  • 1月14日 青山の母が高血圧による心臓発作で亡くなる。
  • 2月21日&28日 日本テレビ「おれは男だ!」第1・2話にゲスト出演。(シングル曲『約束』を劇中で披露)
  • 4月 少年たちシリーズ第4作ミュージカル「太陽からの少年」上演。
  • 5月 TBS「ロッテ 歌のアルバム」にレギュラー出演。
  • 7月16日 4人でTBSの単発ドラマ「ヒヤヒヤ一泊旅行」に出演。
  • 8月 少年たちシリーズ第5作ミュージカル「明日なき友情」上演。
  • 9月 ロサンゼルスでシングル「はじめての世界で c/w ちょと待て下さい」と、US盤シングル「SEASON OF THE SUN c/w CHOTTO MATTE KUDASAI」&「DON'T LET THE SUN CATCH YOU CRYING」、そしてレコード化されなかった「はじめての世界で (英語バージョン)」の計6曲をレコーディング。 (なお、「はじめての世界で (英語バージョン)」は、2006年8月27日発売の5枚組CD-BOX『フォーリーブス 1968-1978』に収録)
  • 10月29日&31日 少年たちシリーズ第6作ミュージカル「生きていくのは僕たちだ!」を帝国劇場で上演。(文化庁芸術祭参加作品)
  • 11月 ロサンゼルスで出演した「グレン・キャンベル・ショー」のVTRが放送。
  • 12月25日 - 1972年3月31日 少年たちシリーズ第6作ミュージカル「生きていくのは僕たちだ!」を全国で再演。(文化庁芸術祭参加作品)
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場2回目「地球はひとつ」を歌う。

1972年

  • 3月 ミュージカル・コメディー「おかしな童話」上演。
  • 4月6日 テレビ東京「歌え!ヤンヤン ! !」にレギュラー出演。(青山がテーマ曲を作曲)
  • 5月1日 フジテレビ「青春を突っ走れ」第5話にゲスト出演。
  • 5月 バラエティーショー「フォーリーブスと遊ぼう」公演。
  • 8月 - 9月 ミュージカル「僕がうたうとき!」上演。
  • 12月 - 1973年3月 「ミュージカル フォーリーブス物語 〜星に帰った若者〜」上演。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場3回目「夏のふれあい」を歌う。

1973年

  • 4月 青山がNHKドラマ「銀座わが町」に出演。
  • 4月 「エキサイティングショー」公演。
  • 6月 結成7周年記念ミュージカル「見上げてごらん夜の星を」上演。(南沙織と共演)
  • 8月、ファンの女子中学生グループが売春をしておっかけ費用を稼いでいた事件で書類送検。
  • 10月 結成7周年記念として、大阪球場で日本人初の「ナイター・コンサート」開催。
  • 10月 日本テレビ「とことんやれ大奮戦!」レギュラー。(1974年3月まで)
  • 10月5日 北主演のフジテレビの連続ドラマ「ボクは女学生」スタート。(主題歌は北のソロ曲「愛と希望の街」)
  • 11月 江木がテレビ朝日のドラマ「野菊の墓」に主演。
  • 12月14日 TBS「お姉ちゃん」第2話にゲスト出演。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場4回目「若いふたりに何が起る」を歌う。

1974年

  • 4月1日 日本テレビ「カリキュラマシーン」レギュラー。
  • 4月5日 北主演のフジテレビの連続ドラマ「ボクは恋人」スタート。
  • 4月7日 NHK総合「レッツゴーヤング」レギュラー。
  • 5月3日・4日・19日 「フォーリーブス・郷ひろみ ジョイントリサイタル」開催。
  • 7月20日 主演映画「急げ!若者」公開。 舞台挨拶も行った。
  • 8月2日 - 18日 「’74夏 フォーリーブス リサイタル」、およびミュージカル「発射前17時間」を上演。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場5回目「急げ!若者」を歌う。

1975年

  • 東京タワー3Fの蝋人形館の企画展示「日本歌謡殿堂」に採用され、フォーリーブスの蝋人形が展示される。
  • 1月4日&7日 オリジナルミュージカルプレイ「友情」を含んだ「フォーリーブス リサイタル ’75」を上演。
  • 4月5日 - 9月27日 おりもが日本テレビのドラマ「ほおずきの唄」に出演。
  • 4月9日 おりもがレギュラー司会のテレビ朝日「ベスト30歌謡曲」スタート。
  • 4月13日 - 9月28日 日本テレビの歌謡番組「ヒット ’75」にて4人で司会を担当。
  • 7月 北が「カリキュラマシーン」の収録中にバック転をミスして転倒。全身打撲、右瞼裂傷、生爪剥離など、全治1ヶ月の重症を負う。
  • 8月 おりものレギュラーラジオ番組「ロッテ 集まれ!ヤンヤン 熱気でムンムン!」スタート。(ニッポン放送、公開録音番組)
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場6回目「ハッピー・ピープル」を歌う。 (テンプテーションズの1974年の曲『Happy People』のカバー)

1976年

  • 1月15日、常磐ハワイアンセンターでのショーにて、16歳の少女が興奮のあまりに失神死。
  • 3月31日 - 4月18日 「フォーリーブス結成10周年記念リサイタル VOL.1」にて、少年たちシリーズ第7作ミュージカルとなる、ライブ・ミュージカル 「少年たちパートU 〜 青春の光と影」 / フォーリーブス・ダイナマイトステージを上演。
  • 4月3日 - 9月 おりもが日本テレビの恋愛バラエティ番組「ヒット ’76 ショッキング!ドッキング!」にてレギュラーインタビュアー。
  • 6月 北主演のTBSの連続ドラマ「美しき殺意」スタート。
  • 6月 第5回 東京音楽祭にて、『魅せられし魂』でゴールデンカナリー賞を受賞し、東京音楽祭世界大会に参加。(世界大会では受賞ならず)
  • 7月 江木がテレビ朝日「チビらサンデー」のレギュラー司会。
  • 8月 日本テレビ音楽祭 特別賞受賞。
  • 8月 ミュージカル「ウェルカム トゥ ザ ショウ フォーリーブス物語」上演。
  • 10月 日本歌謡大賞 特別賞受賞。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場7回目「踊り子」を歌う。

1977年

  • 北主演の連続ドラマ「ボクは女学生」が香港で放送。
  • 4月2日 北が東宝映画『悪魔の手毬唄』に出演。
  • 4月3日 日本テレビ「小さなスーパーマン ガンバロン」にゲスト出演。
  • 5月 おりもがソロレコード「めぐりあう時に」発売。
  • 5月 おりもがフジテレビ「君こそスターだ!」のレギュラー司会。
  • 7月31日&8月14日 「フォーリーブス サマーリサイタル ’77」にて、少年たちシリーズ第8作ミュージカルとなる、LIVEエキサイト・ミュージカル「青春の道 −あの「少年たち」の感動を今ここに−」上演。
  • 8月20日 - 28日 ロサンゼルスにて「日系二世ウィーク」に出席。
  • 8月26日 青山がロサンゼルスにて、元ミス・ユニバース日本代表でハーフの嶋田じゅん(本名:島田純)と挙式。
  • 10月 香港のソー・シアターにて「フォーリーブス・ショー」を上演。

1978年

  • 北主演の連続ドラマ「ボクは恋人」が香港で放送。
  • 1月 北がTBSドラマ「人間の証明」に出演。
  • 春 神田警察署の「1日警察署長」を4人揃って務める。
  • 4月 北公次の妹が入籍。
  • 4月8日 江木が東映映画「多羅尾伴内」に出演。
  • 4月 おりもがフジテレビ「土曜ワイドスペシャル」にて総合司会。
  • 5月29日 「沖縄救癩(きゅうらい)チャリティ・コンサート」(主催:常磐会)に出演。
  • 6月3日 - 7月29日 おりもがNHK「コメディ公園通り 〜 愛は一つ恋は五つ」に出演。
  • 6月 青山がミュージカル「マイ・フェア・レディ」にフレディ役で出演。
  • 7月26日 解散コンサートツアー「LOVE FOREVER」が、福岡市九電記念体育館から始まる。(全国16会場)
  • 8月27日 テレビ東京「日曜ビッグスペシャル」枠にて、解散ツアーの模様(新宿コマ劇場での8月23日公演分)をテレビ放送。
  • 8月29日 NHKでの特別番組「ビッグショー 〜 フォーリーブス 最初で最後の夜」放送。
  • 8月31日 新宿の東京厚生年金会館にて解散コンサート。約12年間の歴史に幕を閉じる。


関連項目



外部リンク










出典:フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』より改訂
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